人生100年時代
家計は未経験の時代に入っていく

「人生100年時代」という言葉をよく聞くようになりました。「想像以上に時代は大きく変わる」と家計コンサルタントの八ツ井慶子氏はいいます。どのような変化が考えられるのか、家計の常識はどのように変わるのか伺いました。

監修:

八ツ井 慶子

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「寿命」が延びれば、
「暮らし方」が変わる

 日本人の寿命が延び続けていることは、皆さんもよくご存知だと思います。毎年、厚生労働省から平均寿命の年齢が発表されるたびに、「〇歳延びました」、とニュースで目にしているでしょう。
 この年齢がいよいよ「100歳」の大台に乗るか、という事態に直面しようとしているのが日本社会の「いま」、私たちが生きている時代です。かつて人気となった双子の100歳姉妹きんさん・ぎんさんが、ここかしこにいる社会が普通になろうとしている、ということです。若くてご存知ない方、すみません。ぜひネットで調べてみてください(笑)。

 すでに100歳以上の高齢者数は増えていて、厚生労働省によると、昭和38(1963)年にわずか153人であったのが、昭和56(1981)年には1,000人を超え、平成10(1998)年には1万人を超え、令和3(2021)年は8万6,510人です(前年比6,060人増)。まさに日本社会は“高齢化”進展中です。ちなみに、8万6,510人の約88%は女性です。

 寿命が延びることは、単純にいまの生活が延長されるのではありません。私たちの「暮らし方」に大きく影響が出てきます。これはもう避けられません。このことを優しく教えてくれるのが、かの有名な永遠の54歳、磯野波平さんです。

 国民的漫画『サザエさん』が登場したのは昭和20年代。このころの日本人男性の平均寿命は60歳程度でした。老齢年金の支給開始年齢は55歳。大企業の退職年齢も55歳が一般的であったそう。会社員の波平さんは、おそらくあと1年働けば円満退職、リタイア生活なのでしょう。この時代背景を考えると、波平さんの“老後”はそれほど長くなく、老齢年金があって働き盛りのマスオさんもいますから、それほど多くの老後資金を準備しておくことは、サザエさん一家含め、この時代の“家計の常識”ではなかったと思われます。

 ところが、寿命は延びていきます。これまでの「人生80年時代」です。
 男女ともに平均寿命は20年以上延びたにも関わらず、定年年齢は60歳と、わずか5年しか延びていません。そのため、多くの人にとって「老後期間」が長期化しました。
 また、戦後復興の時代も相まって、社会保障制度が徐々に整備され、核家族化も進み、老齢年金をベースに老後を自助努力で過ごす暮らし方が普通になっていきました。老後資金を準備することは、家計の常識となったのです。
 そして、若い間に「学び」→就職して「働き」→リタイアして「老後」を迎える――こうした3段階のライフスタイルがすっかり一般的となりました。

 ところが、さらに寿命が延びようとしています。「人生100年時代」です。
 定年年齢は相変わらず60歳のままの企業が多いですが、法律改正は進んでいて、働く意志のある高齢者は65歳まで何らかの形で雇用することが義務付けられています。老齢年金の支給開始年齢は原則65歳に引き上げられました。ですが、私たちの寿命の延びにはまったく追いついていません。つまり、さらなる「老後期間」の長期化が起こっているのです。

仮に22歳から65歳まで働くとして、就労期間43年。65歳から100歳まで生きるとして、老後期間35年。60歳引退であれば、就労期間38年、老後期間40年。なんと働く期間以上の老後期間があることになります。

3ステージ型から
マルチステージ型へ
長く働く時代に

 ここでぜひ、皆さんに考えていただきたいのです。
 もし、これまでの「家計の常識」を当てはめて、この超長寿社会を乗り切ろうとするのであれば、おそらく答えの一つは、「より老後資金を貯める」でしょう。
 でも、冷静になって考えてみれば、寿命は100歳で止まる保証はどこにもありません。専門家の間では、120歳くらいまでは延びるとする意見が多いそうです。どうなるか分かりませんが、少なくとも、事実として平均寿命は延び続けています。また、あくまで「平均」ですから、100歳を超えて生きる方も大勢出てくるわけです。
 そうしたとき、これまでの家計の常識、つまり「老後資金を準備して老後を乗り切る」ということが、果たして現実的でしょうか?

 「人生100年時代」という言葉が知られるようになったのは、1冊の本がキッカケでした。すでに読まれた方も少なくないと思いますが、英国の学者2人によって書かれた『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著 東洋経済新報社)です。

 『LIFE SHIFT』という本のタイトルが示しているように、寿命が延びることによって、私たちの人生(LIFE)設計は、大きく変わる(SHIFTする)といいます。従来の「学ぶ-働く-老後」といった3段階のライフスタイルは限界にきている、というのです。

 まず、長期化する老後期間に備えるだけ貯蓄をするのは難しいため、多くの人が「長く働く」ことを選択するでしょう。これはすでに日本でもみられている現象です。
 では、「長く働く」には、いまのようにがむしゃらに働き続けられるでしょうか?この点においては、「知識」と「心・体」がもたないといいます。

 どういうことかというと、若いときに学んだ知識だけでは時代の変化に追いつけず、新しい知識のインプットが必要となるため、学び直し(リカレント)の機会が必要になってくるわけです。社会人になってからの方がよっぽど勉強している、という方も多いのではないでしょうか。私もその一人です。就労期間がより長くなれば、なおさら、ということです。確かにそうですね。

 そして、休む時間を持つことは、人間らしさを育むにはとても有効な時間だということも指摘されています。「学校」を意味する「school」は、ラテン語に語源があり、「仕事をしない時間」「余暇」を意味していたのだそう。余暇が人生にとって大事であることを昔の人は分かっていたのかもしれません。
 人間の寿命が延びることによって、これまでの3段階の人生設計ではなく、学び→働き→学び直し→そして働く。ときには長期休暇を取る。こうした「段階(ステージ)」を、一人ひとりの選択によって多種多様な人生設計になっていく「マルチステージ型」にシフトしていくであろうと、著者は提唱しています。

 加えて、先進国の中でもっとも高齢化が進んでいるのは日本であり、日本が今後どのような政策を取っていくかが、世界のお手本になりうるのだそうです。

 世界中どこを見渡しても、人生100年時代を迎えている国はありません。それくらい大きなことが起ころうとしているのが、私たちの生きている「いま」です。寿命の延びというのは、社会生活を変えるパワーを持っています。まず、「大きく変わる」という心構えを持っておきましょう。
 とはいえ、不安になる必要はありません。新しい時代を作っていけばいいのです。それは、いま生きている私たちの役割なのでしょう。

 ちなみに、現在(2022年6月時点)波平さんと同い年の54歳の有名人といえば、佐々木蔵之介さん、大沢たかおさんなど。なんと石田ゆり子さんはフネさんと同い年の52歳です。波平さんやフネさんの風貌から比べると、いかに日本人が若くて、元気に年齢を重ねていることがお分かりいただけるでしょう。寿命が延びることは、人生を楽しめる時間も増えるといえるのです。
 では、次回以降も「人生100年時代」について、「家計」を軸にもっと深掘りして考えていきましょう!

今回のポイント


・「人生100年時代」で起こる社会の大きな変化
・人生に「学び直し」や「休む」という選択肢が増える
・社会の大きな変化を受け入れ、対応できる心の準備をしておく

※この記事内容は、執筆時点2022年8月5日のものです。

八ツ井 慶子(やつい けいこ)
生活マネー相談室 代表、家計コンサルタント、ファイナンシャルプランナー、城西大学経済学部非常勤講師。大学卒業後、大手信用金庫に入庫。2001年 家計の見直し相談センターの相談員として、FP活動を始める。2013年 生活マネー相談室を立ち上げ、家計相談、セミナー講師、各種メディアへの出演、執筆などで活躍中。

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