~認知症と地域社会~
認知症でも大丈夫!といえる社会に

認知症や要介護の方が、住み慣れた場所で地域とつながりながら自分らしく生きていく。そのために必要なことを、ホームヘルパー・ケアマネージャーに従事する林氏にお話いただきました。
◇インタビュー◇介護サービス マイムケア 事業部長・介護支援専門員 林 久美氏

在宅の最後の砦となる小規模多機能型居宅介護

 2003年に夫が宮城県仙台市で介護サービス「マイムケア」を起業し、私も介護の仕事に携わることになりました。在宅介護のヘルパーからスタートし、様々なお宅に通ううちに、自宅にいる高齢者の方々が認知症になっても生き生きと暮らしていることに気づいたんです。しかし、認知症の症状からトラブルを起こして、ご家族が困ってしまい、比較的早期に自宅での生活は無理だと判断されてしまうことがあります。そして、本人の意思とは違うところで最期を迎える形になってしまうケースが多いのです。その現状に違和感があり、なるべく高齢者の方が住み慣れた場所に残れるよう、介護支援をする立場から何かできないだろうかという思いを抱いてきました。
 2006年に介護保険法が改正され、地域密着型のサービスである小規模多機能型居宅介護が創設されました。これは認知症や中重度の要介護者となっても、自宅や地域で生活を続けられるよう支援することを目的としています。デイサービスのような通所も宿泊もでき、高齢者の方にとっては、自宅と行き来しながら生活できる最後の砦となる施設です。そこで、私たちも、仙台市太白区の昔からある商店街のテナントを借り、小規模多機能型居宅介護のサービス「マイムケア長町」を始めました。

認知症患者が店番をする駄菓子屋経営の取り組み

 もともとお店だったスペースを使って駄菓子屋を開き、認知症の利用者さんに仕入れから店番、お会計までをしてもらうようにしました。2023年2月25日より駄菓子屋を再開しています。おばあちゃん、おじいちゃんが、店に来る小学生たちと直接顔を合わせて交流し、その取り組みがユニークだと、各方面から評価していただきました。
 一般に、認知症になると何もかもを忘れてしまうかのようなイメージがありますが、実際の認知症の方は、ヒントをあげればまだまだ様々なことができるんです。私たちはよく「優しいお嫁さんが寝たきりをつくる」と言っていますが、心配するあまり「危ないから座っていて」などと言って行動を制限すると、認知症の方はどんどん元気がなくなってしまいます。
 要介護や認知症と認定されると、人から観察される立場になり、人に世話をしてもらうことがほとんど。何かをやってもらって「ありがとう」と言う機会はたくさんありますけど、お礼を言われる機会はなくなってしまいます。そうすると、「自分は世の中に必要とされてないんだな」と後ろ向きになっていくんです。
 特に、認知症の初期症状として、怒りっぽくなることもあります。けれど、自宅で自由に生活できれば、日々の楽しいとか嬉しいという気持ちの積み重ねで、ある程度、平和に暮らしていけると思うんです。逆に、何か間違ってしまったことについて周りから怒られ、「違う、違う」と言われると、怒られたという不快さだけが心に残り、いっそう問題行動を起こす傾向があります。

 ですから、マイムケアではなるべく「お世話をする」ことをやめ、認知症の方にもどんどん「出番」をつくるようにしています。食堂で食材を切ってもらったり、お盆を拭いてもらったり、駄菓子屋の商品を並べてもらったり。最近は、地域の方との交流の一つとして、地域の方にコーヒー豆を焙煎してもらい、それを利用者さんが預かり、ミルで挽きドリップバックに詰めてお返しするという活動をしています。今までに1,000個以上のドリップバックを作っています。皆さん、1パックに粉10gという容量をよく忘れてしまいますが、「仕事だね」と言ってコツコツとやってくださいます。
 そういった取り組みによって、認知症の人が役割を得て、元気になった、怒りっぽくなくなったという反応もご家族からいただいています。ここに通い始めたおばあちゃんが、何年かぶりにおうちでお皿を洗ってくれたということもありました。
 性別で考えると、やはり女性の方が料理、洗濯、掃除、裁縫をしてきただけに、「出番」も多いです。男性の場合、通所するようになっても、最初はじっと様子をうかがって動かない傾向があり、私たちもそれまで職場や地域で「佐藤さん」などと呼ばれていた男性をいきなり「一郎さん」と下の名前で呼ぶと抵抗があるかもしれないなど、気を遣う面はあります。ですが、男性でも駄菓子屋の会計を見てくれたり、適格なアドバイスをしてくださる方もいるんですよ。

地域から切り離された高齢者を外に連れ出す

 認知症の方を取り巻くもう一つの問題は、「暮らしている地域から切り離されてしまう」こと。デイケアなどの介護サービスを利用するようになると、それまで気にして声を掛けてくれていたご近所さんが「福祉の手が入ったから、私たちの役割はもう終わった」と判断し、関わらなくなってしまうことがあります。このような「専門家の弊害」とでも呼ぶべきことが起こっているのです。
 そうやって地域から引き離されている方と地域をもう一度つなげたいという思いがあり、少しでも地域の方との接点を作るようにしています。駄菓子屋を開いたこともそうですし、利用者さんと一緒に公園で掃除をしたり、散歩がてら道のゴミ拾いをしたりしています。地域の方たちも、その様子を見て「なるほど。認知症になって、介護サービスを受けるようになっても、こうやって地域に貢献してくれているんだな」と分かってくれているのではないでしょうか。これからの介護は、施設内でケアしているだけではなく、もっと地域とつながっていくべきだと思います。
 また、同居者以外の他者との交流が毎日頻繁にある方に比べ、月1回から週1回未満という方は要介護認定や認知症に至りやすく、さらに月1回未満の方は早期死亡にも至りやすいとも言われています。やはり家族以外の第三者と接することは大切です。しかし、今の介護施設は、利用者さん個人がどうしたいのかを考える前に、「何か楽しいことをやろう」とする傾向があります。通ってきた方を集めて、いきなり歌を歌わせたり、コンサートのようなものを開催したり。そうではなく、一人ひとりが何が好きで何が嫌いなのかを聞き取りした上で、やれることを考えるのが本来の順序だと思います。
 ですから、私たちは動きたい方には動いてもらっています。ご家族から「ぜったい転ばせないでください」という要望をいただいても、「うちでは転ぶかもしれません」とお断りしています。しかし、それで転倒が増えたということはありません。

認知症でも大丈夫だと言える社会を作りたい

 寝たきりにならないようにするには、まず第一に心の健康。体の健康はその次です。現在、認知症の方は増えていて、65歳以上の約5人に1人が認知症。全国の小学生とほぼ同じ数です。誰が、いつ当事者になってもおかしくないのに、「認知症=人生の終わり」というイメージを、未だにもたれています。介護の現場でそうではないことを実践し、「認知症でも人生は楽しいし、通える場所もある」ことを広めていきたい。
 「認知症になっても大丈夫だよね!」と言い合える社会を作ることが、私の大きな目標です。

2007年より介護職に従事。ホームヘルパー、ケアマネージャーとして在宅介護を担当し、2018年に小規模多機能型居宅介護施設のマイムケア長町を開設。施設内に駄菓子屋を併設し認知症当事者と地域の人が触れ合う取り組みが評価され、2019年に「東北ソーシャルイノベーション大賞・共感賞」を受賞している。

※記事内容は、執筆時点2023年8月1日のものです。

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