〜介護と地域社会〜
人を真ん中に置いた福祉を!

「助けて」と言える地域社会を目指して——。福祉サービスの課題や地域包括ケアシステムのあるべき姿について、小川氏にお話を伺いました。
◇インタビュー◇ 社会福祉法人 いきいき福祉会理事長 小川 泰子 氏

制度の変更と人材不足が福祉事業者を圧迫している

 私は、2005年から社会福祉法人いきいき福祉会の専務理事を、2017年からは理事長を務め、法人の経営を担ってきましたが、最近3年間の急激な経営環境の悪化に、強い危機感を覚えています。
 政府は、財源不足を理由に社会保障関係の歳出を絞るだけでなく、介護報酬の改定などさまざまな制度改正を行い、事業者を圧迫しています。さらなる効率化と短期的な成果が求められる中、事業者の撤退も相次いでいます。
 加えて、人材の枯渇にも苦しんでいます。福祉人材を育成していこうという考えを国は持っていないようで、大学の社会福祉関連学部の廃止の流れに歯止めをかけようとはしません。福祉関係の専門学校を卒業した人材の多くは民間企業に就職し、介護現場の人手はどんどん減っています。職員の負担は増える一方、志の低い職員を入れざるを得ず、サービスの質の低下も招いています。
 高齢社会の問題が深刻化するのはこれからなのであって、現状のままでどうやって命を支え、死ぬまでの生活を保証するのでしょうか。生まれてから死ぬまでをすべてつなげて保障することで、安心して子どもを産み、育て、生き抜ける社会が作れるのだと思います。ところが、その社会保障にいくつものほころびが生じ始めていることを、社会福祉の現場に立ってつくづく感じています。

職員の声が、地域のニーズを教えてくれる

 厳しい経営環境の中、働く人たちとその家族、そして、利用者さんのことを考えると、事業の継続が最優先の事項です。経営基盤を強くするために、私は、原点に立ち返ることが重要だと考えています。
 経営上の心配などなかった時期のことを振り返ると、私たちラポールグループは、「地域にすごく正直にやってきた」ところに特色があったと思います。職員が地域の情報をきちんと伝えてくれて、地域が今何を必要としているのかを把握できた結果、利用者本位のサービスを、効率良く提供できていました。
 実際、施設の職員には地域のニーズを拾う力があり、職員の言葉の中には必ずヒントが含まれています。
 例えばこんなことがありました。特別養護老人ホームの職員が、「入居しているおばあちゃんの話を聞くと、どうやらその家族は深刻な問題を抱えているようだ」と、伝えてきました。調べてみると、その家には、DVを繰り返すひきこもりの若者がいたのです。このケースは、私たちでは対応が困難だったので、地域の専門性を持つ機関に“つなぐ”ことになりました。他にも、職員からの情報をきっかけに高齢者の住まいの問題に行き当たり、私たちの法人でサポートハウスの運営を始めることになった、という事例もあります。
 これが、まさに「市民が設立した、市民のための、市民の社会福祉法人」である、いきいき福祉会の力であり、果たすべき役割なのだと思います。この、私たちの力と役割を強化することが当面の課題で、それが利用者本位のサービスの提供につながるはずだと考えています。そのために、職員を大切にし、職員の声にもっと耳を傾け、職員を本物のプロに育てていかなければならないと思っているのです。

地域で住み続けるためには他者の力を借りるしかない

 次に、地域に暮らす市民一人ひとりの視点から、地域社会との関係性について考えてみましょう。
 介護保険は国全体の制度ですが、介護に関する実際上の問題は、保険者である市区町村の中で地域社会の問題として取り組んでいかないと、実態に即した解決はできません。
 そしてこの先、高齢者の数が増え続けている大都市とその周辺地域で、介護の問題がますます深刻化するだろうと考えられています。つまり、隣近所のことには関わらない生活スタイルが定着している都市部においても、地域社会が高齢者介護の問題を解決する力をつけていかなければならないのです。
 そこで、皆さんに強く訴えたいのは、「今住んでいる街に、介護を支えるリソースがどれくらいあって、どういう取り組みが行われているのかを知ってください。そして、サポートを必要としている他者に思いをはせてください」ということです。
 家族に介護をしてもらえない、お金がなくて介護付老人ホームに入れない、特別養護老人ホームに入るために何年待つか分からない、——そういう時代に、地域で住み続けていくには、他者の力を借りるしかありません。だから、助けを必要とするときに「助けて」と言える地域社会にしていかなければなりませんし、他者の「助けて」という声を聞き取れる地域社会にしていかなければなりません。
 その第一歩として、格好悪いと思われようが、隣近所の人たちに関心を持って声をかけてみてください。そして、「助けて」という他者の声を聞ける人になってください。そうした気持ちを持って暮らしていけば、お互いに支え合える地域社会が形作られ、都市部でも在宅で生き続けられるようになると思っています。

あらゆる福祉サービスが包括的に提供されるべき

 国も、在宅医療、在宅介護の充実を目指し、地域包括ケアシステムの整備に力を入れています。しかし、現状の地域包括ケアシステムがカバーするのは高齢者の医療と介護だけで、地域の福祉ニーズの実態とかけ離れていると言わざるを得ません。
 高齢者福祉だけが切り離された制度設計になっている背景には、行政の仕組みに問題があります。国は、社会福祉関連の事業を、すべて縦割りで管理しようとします。そのことがサービスを提供する現場の無駄を生み、縦割りの隙間に落ちて支援が届かない人を生んでいます。
 今や、社会福祉が支援すべき対象は、高齢者だけでなく、障がい者、生活困窮者、子どもと子育て中の家庭、若者など、全世代に広がっています。あらゆる福祉サービスが、まさしく包括的にワンストップで提供されるようにならないと、今の地域社会が抱える課題の解決にはなりません。
 私は、「福祉とは、まさに生活の問題そのものだ」と捉え、消費者運動の一環のつもりで社会福祉事業に取り組んできました。生活者が生きていく上で必要とするものという意味では、食の安全・安心も、老後の生活、あるいは子育て環境の安心・安全も、まったく同じ“ 生活者の問題”だと思っています。つまり、福祉サービスとは生活者支援であり、まず、人を真ん中に置いて、そこに支援する側の人間がやって来て、関わっていくという仕組みであるべきなのです。
 介護予防や、子育て、生活困窮者支援などの福祉関連業務を一本化して部署を作り直している自治体も現れ始めました。真の〝包括支援〟を構築しようとする動きが、地域から起こっています。この流れを後退させてはいけません。

1992年、神奈川ワーカーズ・コレクティブ連合会理事長に就任。生活クラブ生活協同組合副理事長を経て、現職へ。2011年、内閣官房「社会保障に関する集中検討会議」委員、厚生労働省医政局「医療・介護サービス連携会議」委員などを務める。主な著書に『協同の時代』(共著)、『住民参加型の福祉活動』(共著)など。

※記事内容は、執筆時点2019年8月1日のものです。